胸痛を主訴とし、既に診断の確定している外来通院中の循環器疾患々者に対する、研修医による「病歴再聴取」実習の試み

伊賀幹二、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造

天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

632 天理市三島町200   TEL 07436-3-5611 FAX 07436-2-5576

キーワード

病歴聴取、狭心症、胸痛、卒後臨床教育、外来患者

A trial of history re-taking by medical trainees from patients having chest pain of known causes---a clinical teaching in out-patient department

Kanji Iga, Kazuhiro Hatta, Satoshi Nishimura, Takanobu Imanaka and Reizo Kusukawa

Department of comprehensive medical care and education

Key words; history taking, angina pectoris, chest pain, post-graduate medical education, out-patient

Summary

In order to improve the first year medical trainee's ability of taking history from patients with chest pain, we set up to have trainees interview patients who have had chest pain of known causes in a senior cardiologist's out-patient department. Three medical trainees participated in this training program just after getting the qualification to practice medicine; each trainee took history from about 20 different patients during one month period. Cases of chest pain were angina pectoris in 38 cases, myocardial infarction in 16, pulmonary embolism in 10 and dissecting aneurysm in 4.

All three trainees stated that they became confident in taking history of ischemic heart disease after about 15 cases of history taking and this training program was considered to be useful when they met new patients who complained of chest pain in an emergency room. One of them wished that this education should be started several months after getting he qualification because they were not familiar with taking history from patients during school days.

Four months after this training, the senior cardiologist tested these three trainees by using new patients with chest pain and their abilities were evaluated to be satisfactory.

Consecutive 20 cases appear to be satisfactory number for medical trainees to become confident in taking history from patients with ischemic heart disease and this training program should be started at least 3 months after getting the qualification to practice medicine.

抄録

3名の卒後1年目初期研修医に、医師国家試験に合格直後の6月から9月までの間に、胸痛の原因が確定している外来通院中の循環器疾患々者から胸痛発症当時の病歴を聞く機会を与え、その有用性を検討した.病歴再聴取された症例数はのべ73例におよび、内訳は、重複も含め狭心症38例、急性心筋梗塞16例、肺梗塞10例、解離性大動脈瘤4例、その他15例であった.不安定狭心症から心筋梗塞への移行例は7例であった.参加した研修医は3名とも、病歴聴取開始後、約15例目より狭心症の鑑別診断が自信をもって行えるようになり、この研修が以後の胸痛を主訴とする患者の救急診療に役立ったと評価した.しかし、6月にこの機会を与えられた1名より、もう少し臨床になれた後に研修を始めた方がよいとの意見があった.指導医からは、この研修4カ月後の時点で、胸痛をもつ新患の病歴をとる機会を与えた結果、彼ら一人で必要最低限の病歴を聴取できるようになったと評価された.以上より、初期臨床研修開始後3カ月以降に、一人あたり約20症例の診断が確定された胸痛患者の病歴をとることにより、狭心症の診断能力が大幅に向上すると考える.

はじめに

医療面接は1)患者からの情報収集、2)患者とのラポールの確立、3)患者教育という3つの重要な要素をもっており、この3つが組み合わさり良好な面接となり得る(1).患者とのラポールの確立を目標として近年、標準模擬患者が使われている(2).一方、患者からの情報収集は従来言われている病歴聴取と同意義であり、これには豊富な臨床経験と病気に対する知識が要求されるが、学生や研修医による情報収集に関する教育方法の報告はほとんどみられない.内科疾患において、狭心症は心電図ではなく病歴聴取でほとんどが診断される.特に、心筋梗塞に移行しやすい不安定狭心症は病歴を聴取することによってのみ診断が可能であるが(3)、心電図が変化しないこともあり、循環器を専門とする医師のみでなく、すべての医師にとってその病歴聴取能力を養うことは重要である.我々は、病歴より狭心症とその他の胸痛の鑑別診断が下せることを目標に、診断が確定した外来患者より病歴を再聴取する研修を行い、一定の成果を得たので報告する.

対象と方法

1995年度、本院に採用された初期臨床研修医(ジュニアレジデント、以下ジュニアと略す)11名のうち、3名を対象として以下のことを行った.胸痛を主訴とした入院歴があり診断確定後、循環器内科外来に通院中の患者のうち、患者自身が当時の病歴を明瞭に話せ、外来担当医との良好な対人関係が保たれている症例を選択し、患者に病歴再聴取につき協力を要請した.指導医がジュニアに、これら症例のいつの時点の病歴を聴取するかを説明し、彼らが入院抄録を読んだ後、約15分間、患者にインタビユーする機会を与えた.期間は医師国家試験合格直後の6月から9月に行った.指導医の病歴聴取を数例見学後、1人のジュニアに、約1ヶ月連続して病歴聴取の機会を与え続け、彼らがインタビユーした後、その症例においてどの点が重要であったかを指導医と論じた.ジュニアがインタビューする時、他のジュニアが見学することもあった.この外来実習を終えたジュニアが以後の4?6ヶ月の間、当院で彼らが初診患者をみる唯一の機会である救急外来において胸痛の鑑別診断が可能になったかを知る目的で、この研修の長所、短所をアンケート調査した.アンケートはこの研修が終了した4ヶ月後の12月末に行った.指導医からの評価としては、翌年1月に、循環器外来の胸痛の新患を1例ずつ与え、彼らの病歴聴取の能力を評価した.

結果

3名のジュニアの病歴聴取はのべ73症例に及び、担当症例数はジュニアAは25例、ジュニアBは22例、ジュニアCは26例であった.胸痛の原因は重複も含め、狭心症38例、急性心筋梗塞16例、肺梗塞10例、解離性大動脈瘤4例、その他15例であった.症例の60%が虚血性心疾患であった.不安定狭心症から心筋梗塞に移行した症例は計7例であった(表1).

アンケート内容は表2に示す.参加ジュニア全員が狭心症の診断に病歴がいちばん大切であるという事が理解できたとした.3名とも、病歴聴取15症例目より狭心症の診断が、ある程度自信を持って下せるようになり、うち2名が解離性大動脈瘤と狭心症の胸痛の表現の相違が理解できたとした.全員が将来の自分の進路に関わらず、初期臨床研修の一環としてこのような機会はすべての研修医に必要であると述べた.それ以外のコメントとして、1)医師国家試験合格直後より臨床を少し経験できた9月頃よりこのような研修を開始して欲しい.2)単なる見学より、ジュニア自身に病歴を聴取する時間が与えられたことがよかった.3)指導医や同級のジュニアの病歴聴取を見学することができ有意義であった.等があった.

翌年1月の時点で指導医は、胸痛を有する新患の病歴をこれら3名のジュニアに取ってもらった結果、満足すべきものであったと評価した.それ以外の指導医よりのコメントとして、1)外来患者が多数であれば、指導医がジュニアのために時間を割くことは不可能である.2)本院内科外来は、ジュニアが病歴をきくためのスペースが少ないため、当初は看護婦等から理解を得にくかった.3)狭心症または心筋梗塞を発症後数年経過しても明瞭に初発症状を記憶し、インタビュー可能な症例は1人の指導医の外来では限度があり、その年度に採用されたすべてのジュニアにこのような教育をすることはできない.等であった.

考察

近年、医学、医療が高度に進歩し、ME器機の発達により、学生は学習しなければならないことが多くなった.実習についてもME器機を用いたものが多くなり、学習自体が難しく、その効果の評価が困難な病歴聴取、身体所見の取り方が軽視される傾向がある.大学における6回生のベッドサイド教育では、学生が約2週間で1人の患者を受け持ち、種々の検査結果を評価し、その患者の要約、診断及び治療計画等をレポートすることが通常である.そのため、表現に多様性のある多数の狭心症患者の病歴を学生みずから聴取する機会はない.学生教育を終え医師国家試験合格直後のジュニアには、胸痛の教科書的な鑑別診断ができても、個々の患者の表現からどの疾患が最も考えやすいかとの指導医の質問には答えられない.なぜなら、学生時代に患者の病歴を彼ら自身が聴取する機会が極めて少ないからと思われる.不安定狭心症が心筋梗塞に移行しやすいことを知っていても、そのような経過を辿った数人の患者から、自分自身で実際に病歴を聴取したほうが教科書を読むよりはるかに理解が深まる.

今回我々が報告した研修方法は、診断のついた狭心症、心筋梗塞等の患者の病歴をジュニア自身が外来で再聴取することであった;ジュニアからは不安定狭心症からの心筋梗塞への移行、狭心症の訴えの多様性が理解できたとの評価であり、指導医からはこの研修4ヶ月後の時点で、胸痛を訴える新患に対する病歴聴取能力は十分との評価がえられた.参加ジュニアの自己評価として、3名とも15症例の病歴をとった頃から狭心症の鑑別診断が可能になったとしており、一人のジュニアに対して20症例は十分な数と考えられた.

「医師国家試験合格直後より臨床を少し経験できた9月頃からこのような研修を開始して欲しい」とのジュニアの要望は、学生時代に彼らが多くの患者から病歴を取っていないということを物語っている.指導医が多忙な外来診察中、狭い外来診察室および処置室で、通院中の患者に若い医師に過去の病歴を再度とってもらう目的を説明し、彼らに約15分の時間を与えるには外来のパラメデカルの人たちも含め、忍耐とともに将来よい医師になって欲しいというジュニアに対する期待が前提となっている.しかし、今回研修に参加したジュニア全員が、将来、内科を専攻しない医師にも初期臨床研修としてこのような機会が必要であると評しているように、すべての医師にこのような研修の機会が与えられることが望ましく、それにより、不安定狭心症のような病歴が診断に大きく寄与する緊急性のある循環器疾患への理解が深まり、専門医への迅速なコンサルテーションが可能になると考えられる.

謝辞

適切な助言をいただいた佐賀医大総合診療部小泉教授に感謝いたします.

文献

1. 飯島克巳 佐々木蒋人監訳:メディカルインタビュー (Cohen-Cole SA.: The medical interview) メディカルサイエンスインターナショナル、東京、1994

2. 大滝純司 :模擬患者(SP)によるコミュニケーッション教育の有用性

JIM 1995;5:812-817

3. Burch GE. The practice of Cardiology Today. Am Heart J 1973;85:291-293